「笹の舟で海をわたる」 |
2017年10月8日
|
角田光代さんのエッセイ明るくて好きなのですが
小説はけっこういつもディープです。
「笹の舟で海をわたる」も独特の闇がありました。
主人公の左織は、兄と姉がいて
末っ子だったから自分では何も決めれなく
いつも人の言うまま
起こったことは人のせいにする。
一方、友人の風美子は社交的で行動力あって
力強く存在感もある女性です。
疎開先で知り合った二人は
戦後、再会し義理の姉妹になるのですが
それは友人の風美子が仕組んだことだったのかもしれません。
風美子の夫が左織にポツンと話します。
「あいつに生かされているんじゃないか(略)
あいつの筋書きのなかで生きているような」
こういう経験はないけれど
そんな風に影響力があるというか
コントロールできる人っているような気がします。
さて、左織には子供が二人いてどちらも
実子なのだけど愛おしさが違うと感じています。
自覚があったからこそ、慎重に隠した。(略)
娘をかわいいと思えない、鬼のような自分を隠すことに必死だった。
角田さん自身が母親から愛情を
注がれなかったのかしらん
いやいや、小説にあることが
すべて実経験だなんて無粋でした。
そもそも疎開先で陰湿ないじめがあったことが
度々描かれるのですが67年生まれでは
戦争体験はあるわけないのです。
親の死をきっかけに遺産相続でもめ
兄弟仲がぎくしゃくしだして
付き合いが無くなるとかいった
女の一生にありそうな出来事といった
内容でもあって読む人が少しずつ共感できます。
この小説の中でとても印象に残った言葉は
今がしあわせなように見えても、そんなものは
すぐに日常の煩雑に紛れてしまう。
しあわせは点のようなものかもしれないと左織は考える。
線のようには続かない。
あらわれてはすぐに見えなくなる。
確かにそうですね。
友人の風美子と夫の関係をいぶかしみ
猜疑心を持つ左織、
ネタバレになってはいけないからかけないけれど
どうなるんだろうとドキドキでした。
笹の舟で海をわたるようなそんな危うさを
終始感じる一冊でした。
投稿者 rin5chan : 2017年10月8日 カテゴリー: 気まま図書館 | コメントはまだありません »
« 新春の料亭ウェディング|メイン|秋牡丹祝言 »