「クラウドガール」 | 2017年6月20日 |
金原ひとみさんの「クラウドガール」を
図書館で借りて読みました。
知的で常識のある姉と
性に奔放でだらしない妹が
母親に、そして互いに対しても
複雑な感情を持っています。
亡くなった小説家の母親は子供には
興味がないという人でした。
甘え上手の妹は姉に母親の代わりを求め
その安らぎを好んでいたのですが
ある日、関係を拒絶しはじめる姉にとまどいます。
姉妹の記憶が夢だったのか現実だったのか
途中読んでいる方もわからなくなります。
姉が妹に持つ感情の特徴的なシーンが
【嘘を言い続けているとそれはやがて
本当にあったことだと錯覚を起こす。
その錯覚はやがて錯覚でなくなるような気がする。
妹は「思考回路がブツ切れなのだ」】
最終は、情報化社会のトリセツみたいでした。
クラウド(cloud)は雲。
ネットワーク図を表現するときに
イメージしにくい「モヤモヤ」したものや
人とデータを共有するグループウェアのようなことなのだそうです。
何が“真実”で何が“想像”なのかが最後までわからず
母親の死の真相はどうだったかは
読み手の解釈次第で死因が変わる
ミステリーというかホラーっぽくもありました。
姉妹は母親に愛されたかったのだということが
伝わってきて、その切なさや心細さを思いはかり
心が痛くなりました。
どんなに便利な時代になっても
SNSで瞬時に仲間と繋がれても
人は“ふれあい”や“ぬくもり”がないと
生きてはいけないんだなぁとも感じました。
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「四月になれば彼女は」 | 2017年6月14日 |
川村元気さんの恋愛小説「四月になれば彼女は」の
柔らかい世界観に一章からひきこまれました。
「わたしは雨の匂いとか、街の熱気とか、
悲しい音楽とか、嬉しそうな声とか、
誰かを好きな気持ちとか、そういうものを撮りたい。」
「確かに、写らないものだ」
「はい。でも確かにそこにあるものです。
カメラを持って歩いているのは、
写らないけれども美しいと思えるものに出会いたいからなんです。
そのときここにわたしがいて、感じていたなにかを
残すためにシャッターを切ります」
物語にはハルが撮る写真ににて
乳白色のフィルターがかかっているかのようです。
サイモン&ガーファンクルの「四月になれば彼女は」
という曲がベースになっていて
映画「卒業」について語るシーンがあります。
映画や小説、建物もその時の
自分の想い次第で違うとらえかたをしますよね。
最後、バスの中での二人の表情を
どう感じるのかは、自身の経験や環境で
解釈が違ってくるのでしょうね。
最終章はハルからの手紙に泣けました。
(ネタバレになるといけないからその状況はかきませんね)
わたしは、わたしに会いたかった。
あなたのことが好きだった頃のわたしに。
あのまっすぐな気持ちでいられた頃の
自分に会いたくて、手紙を書いていたのです。
わたしは愛したときに、はじめて愛された。
それはまるで、日食のようでした。
「わたしの愛」と「あなたの愛」が
等しく重なっていたときは、ほんの一瞬。
避けがたく今日の愛から、明日の愛へと変わっていく。
けれども、その一瞬を共有できたふたりだけが、
愛が変わっていく事に寄り添っていけるのだとわたしは思う。
男女の愛を日食に例え
「月と太陽が重なる、一瞬の奇跡」で
“一瞬“があったからずっと共に生きていけると。
素敵な言葉だと感じ、とても腑に落ちました。
各月に区切られていて、それが過去だったり、
未来だったりするのですが混乱することもなく
とても読みやすく丁寧な風景描写から
透明感が伝わってきました。
そして、すがすがしい結末でした。
さて、さっき自転車をこいでいて見つけたカワイコちゃんです。
素人写真ながらサボテンの花とともに
たゆとう午後の太陽と夏の風も
撮れた気がします( •ॢ◡-ॢ)-♡。
予約本が一気にとどきました。
次に予約のある本から読みますわよ♫•*¨*•.¸¸♪✧
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「ココシャネル99の言葉」 | 2017年6月8日 |
酒田真実さんの「ココシャネル99の言葉」は
元気になれる言葉達がいっぱいでした。
若いとか、年をとっているとかは
本当の問題ではない。
大事なのは、肉体の美しさを
精神の美しさに移しかえていくこと。
「綺麗な時期」は儚いものだが
真の「女の美しさ」は永続するもの。
生き生きとしていれば、
それだけであなたは美しい。
生き生きとしていれば、
人はあなたに醜さを感じることはない。
まずは、フリでもいいから、
笑顔を作り、生き生きとしてみることよ。
などのシャネルの言葉に酒井さんが
シャネルには、若さが源泉となる
「綺麗」とは人生の中でも数年だけで
「美しさ」はいつまでも継続できるという信念がありました。
「美しさ」の構成要素はいくつかありますが、
中でも「生き生き」としていることは必須条件です。
仕事も家事も生き生きとが理想です。
「恋愛」の章ではついついブルゾンちえみさんの
声音で読んでしまうことも。
お互いに必要としあう2人こそ、
一番大切な存在。
そんな人を見つけなさい。
そんな人になりなさい。
いい言葉ですね。
私のi padには刻印があります。
「Je ne fais pas la mode, je suis la mode.」
「私は流行を作っているのではない、私自身が流行なの」という
シャネルの名言を入れたかったのですが
文字数をこえちゃいますので
「je suis la mode.」としました。
「ココシャネル99の言葉」は女性が笑顔で
生き生きと輝くことを応援してくれるような
素敵な言葉であふれていました。
エナジーチャージしたいなって時にオススメです。
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「ときめく花図鑑」 | 2017年6月2日 |
中村文さんのコミカルな文章と
水野克比古さんの写真が美しい
「ときめく花図鑑」を図書館で借りました。
「図鑑」とタイトルにあるのですが
お花がおしゃべりしてくれる感じです。
漢字で「菖蒲」と書くアヤメとショウブ
そして、カキツバタのアイリス家姉妹の
見分け方は花びらの柄でした。
アイリスは「ギリシャ神話に登場する、
美しい虹の女神」なのだそうです。
長坂用水沿いの「つるは針金のように堅固」な鉄線です。
クレマチスは、中国からやってきたテッセンと
日本にいたカザグルマから
生まれた子なのだそうです。
で、びっくりなのが
花びらに見えるのはがく片です。
もとは花びらを支えるためのがくが、
色と形を変えて、花を大輪に見せています。
アジサイの花が小さいぽつりの部分で
花びらと思っていたのががくだったことを
知った時もかなりの驚きでした。
五月はこんな感じでした。
奥にはさやえんどうの白い清楚な花が
可愛らしいことでした。
金澤syugenそばには手入れされたお庭や
趣味の家庭菜園の中の花畑を多く見かけます。
それは、家人が楽しむと言うより、道行く人のために
咲かせているという風情なのです。
用水の水が流れる音を聞きながら
道端の花を愛でながらの散歩は癒しの時です。
先日も、金澤syugenすぐそばのお家に
園芸屋さんがお庭の手入れをされていらっしゃいました。
こちらのお庭はお家からはまず
見えないのではないかと思われます。
「ここからがおうちよ」と囲むように
梅や桜、桃と和花も多く
季節の花が競って咲き誇ります。
夏になると近くでホタルブクロが咲くところがあります。
私は、野菜の花とか茶花にするようなお花が好きです。
武家文化の町、金沢は茶の湯の
さかんな土地ですので私も小学生の頃から、
お稽古に通っておりました。
お茶の先生がお花も教えてくださっていて
年頃になると茶花も学び、わびさびの粋な
感じが大人気分でした。
「茶花の伝言」
茶室に咲いた一輪の花に、ほっとひと息。
茶花は、武士の楽しみのひとつでもあったようです。
「時空を旅する花物語」と、
こういう本に巡り合えることが図書館の
いいところだなぁと思うのです。
NHKでお馴染みのベニシアさんのお庭も紹介されています。
お花好きな方にはかなりのオススメです。
2017年6月2日 カテゴリー: 気まま図書館 | コメントはまだありません »
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「日本の言葉の由来を愛おしむ」 | 2017年5月26日 |
高橋こうじさんの「日本の言葉の由来を愛おしむ」を
興味深く読みました。
「みずみずしい」という言葉
「命」「潤い」「美しい」といった言葉を
すべて省いて、たった一言で言ったのです。
私たちは何の気なしにこの言葉を口にしますが、
そのたびに「水」と「命」と「美」の
本質的なつながりを言い表しているのです。
「心地よい湿度」を感じます、
みずみずしいという言葉には。
おもしろいと思ったのは外来語「ツリー」という言葉。
「木」の意の造語のtreeは、
電気工事の世界では同じtreeの文字で
「トリー」とよぶのだそうです。
「トリー」だと「鳥居」が思い浮かぶから?(略)
「雪吊り」という言葉の影響です。
と、兼六園の雪吊りの美しさにもふれています。
雪吊りは、北陸の湿った重たい雪から
樹木を守るためにものです。
「 ツリー」は「吊り」から、確かにそうかも知れません。
海外の人が兼六園の雪吊りを見て
「クリスマスツリー?」と言っているのを
TVで観たことあります。
雪吊りの縄に雪が積もった姿は
とても美しく幻想的ですから飾りものと思いますよね。
「ささやか」という言葉
小ささが好ましく感じられる
謙遜と自信の両方を伝えます。
その言葉を受け取った側は、
発した人が二つの幸福感をバランスよく持つ人間だと感じ、
好意や尊敬の念を抱かずにはいられません。
金澤syugenを選んでくださる新郎新婦様は
「ささやかな食事会」や
「こじんまりした祝言」と
清楚な宴を希望されるかたが多くいらっしゃいます。
終わりや閉会の言い換えの「お開き」という言葉
「お開き」という言葉は、宴会の場を囲んでいた壁を取り払い、
それまで店内に満ちていた幸福感を
これから外に広げる、という空気を醸します。
楽しさはそこで尽きず、人々の幸せを生む種になる・・・・・。
私の小さい頃は、ご近所さんから
ご披露宴に招かれた際のお引き出物の
お菓子やするめ、かまぼこなどをいただきました。
お福分けですね。
「素敵な結婚式に招かれた」
「素晴らしいご縁を育んでいる」と
きっと、玄関先で母とそういった
おしゃべりをしていたのでしょうね(*^▽^*)。
語源が伝える日本人の心
「日本の言葉の由来を愛おしむ」を読んで
日本語って美しく繊細だなと改めて感じました。
オススメの一冊です。
2017年5月26日 カテゴリー: 和ごころ文化, 気まま図書館 | コメントはまだありません »
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「容疑者Xの献身」と赤い薔薇 | 2017年5月22日 |
東野圭吾さんの「容疑者Xの献身」は
中年男性の深い無償の愛と
強い意志に感動します。
ドンデンドンデン大ドンデーンが
繰り返されオドオドと話していた
さえない中年男性の純情に大いに泣かされます。
東野作品は、よく読むのですが
今も一番好きな小説です。
この本は貸してあげていたら
悲しいかな身ぐるみはがされて戻ってきました。
カバーいずこ^^?
赤い薔薇の表紙でした。
さて、富樫公園の薔薇が咲きはじめて
写真を撮ってきました。
仕事が早く終わった日は夕陽を追いかけるように公園にゆきます。
夕方はほとんど人もいないので
ジャイアンコンサート気分で歌いながら
薔薇を愛でています♫•*¨*•.¸¸♪✧
アーチには、出番を待ってひかえの
つくつくの蕾達。
左下に見えるのは「薔薇を切らないでください」の
案内があります。
切る人がいたんだね・・・・・。
お願い事の短冊発見!
かがんでようやく読むと
「花枝を切り取らないで下さい」と・・・・・。
無残に鋭利な刃物で切った跡が残念なことです。
この花はブラックティーという
茶とも紫とも赤ともつかない
上等な着物の生地のような控えめで
優雅なお色が美しく
きっと珍しい品種かと思われます。
薔薇には癒されています。
丹精込めてお世話して下さっている
かたがたもいらっしゃいますから
どうかマナー守ってもらいたいなーと
強く思います。
2017年5月22日 カテゴリー: 気まま図書館 | コメントはまだありません »
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「吾輩も猫である」 | 2017年5月18日 |
「吾輩も猫である」は荻原浩さん
村山由佳さん石田衣良さん原田マハさんと
好きな作家さん達の猫目線の短編集です。
赤川次郎さん読んだのはいったい何十年ぶりだろか・・・。
書いている作家さん達も猫の魅力に
はまっているのだろうなと感じました。
「猫ってこんなこと考えてるんだ^^」や
「あはは、猫め」と猫の気持ちを
理解したキブンになったりも。
擬人化された猫、古典の中で
生きているかのような猫
ああ、おもしろい。
原田マハさんの「飛梅」が好きでした。
この中で吾輩堂店主が
「猫とは、不思議な生き物です。
物寂しかったり、ふてくされたりしているときに、
ふと気がつくと、そばにいるのです。
何も言わずに、あたたかく寄り添ってくれている。」
そう、そうなのです。
猫ったら自分勝手と言われているけれど
ちゃーんと気持ち察してくれていて
さりげなく寄り添ってくれるのです。
「吾輩堂」という本屋さん実在するのです。
猫にまつわる本ばかりのネット通販の
本屋さんでカテゴリーが
「うっかり泣けてしまう本」とか
なんだかおかしくて、猫の手がボタンに
なっているデザインもたまらなく可愛いのです。
夏目漱石没後100年、生誕150年記念の
猫アンソロジーはオススメです。
さて、2015年組さんの友香理ちゃんが
保護猫の里親さんになったことを以前
「吾輩は猫である」という記事でかきました。
新居が完成されて漱石一家を迎え入れたそうです。
さっき、友香理ちゃんから写真がとどきました。
3匹みんな仲良しです。
おしゃれな猫スペースですこと。
長く気ままなノラだった漱石くんは
まだ警戒心もっているのだそうです。
上がママで蘭ちゃんで
下がニイナちゃんなんだそうです。
1歳くらいだそう。
ハンモックまであって高級リゾートホテルみたいね☆”
日中は固まって寝てて夜になると運動会なのだそう。
友香理ちゃんは
漱石の顔が好きなので見てるだけだかわいい
と、なーんて心根優しいことでしょう!
漱石ファミリーはラッキーです!
暖かい家族に会えて良かったね☆”
将大郎さん&友香理ちゃんの21世紀美術館
「淡青色フォト」 Happy Reportです。
http://www.kanazawa-syugen.jp/happy/index.php?id=290&cat=cat5_2
2017年5月18日 カテゴリー: 猫メンタリー, 気まま図書館 | コメントはまだありません »
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「氷の轍」 | 2017年5月12日 |
桜木紫乃さんは好きな作家さんです。
図書館で借りた「氷の轍」は、前半
桜木紫乃さん特有の俗っぽさ
(そこが好きです^^)が感じられずで
物足りなかったのですが、折り返し地点から
ぐいぐいおもしろくなりました。
主人公は大門(ついつい懐かしの石原軍団を
思い出してまう)という女性刑事です。
北海道釧路の「湿度」や「潮の匂い」が
絡まってくるような細かい描写は
いつもながらの臨場感がありました。
北海道と本州は同じ日本でありながら
こんなにも感覚が違うものなのか
ということも感じました。
最終章、登場人物(誰かをかくと
ネタバレになるのでナイショ)が
大門刑事に言う
「自分の選択が間違っていなかったという
答えを欲すると、人間っていくらでも時間を
かけてそのことに取り組めるものだと思うから。(略)
自分の選択に対する答って、誰も出してはくれないですしね」
という言葉が印象的でした。
“選択しながら生きてきた我が道”を否定したくないという
思いが私にもありますから。
「氷の轍」というタイトルは、読み終えて
しっくり腑に落ちました。
極寒の地で凍った雪道を
幼な子を乗せたリヤカーの車輪が描く”わだち”。
ほんの60年くらい前まで、この小説のような
悲惨なことがあったのかと
途中、苦しくなりました。
小説の中に北原白秋の「白金之獨樂」の
「他ト我」と言う詩が物語の
射し色になっています。
二人デ居タレドマダ淋シ、
一人ニナツタラナホ淋シ、
シンジツ二人ハ遣瀬ナシ、
シンジツ一人ハ堪ヘガタシ。
この詩が暗さを増します。
桜木さんならではの闇です。
この闇、嫌いじゃないなぁ。
2017年5月12日 カテゴリー: 気まま図書館 | コメントはまだありません »
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「夢幻花」 | 2017年5月1日 |
東野圭吾さんの「夢幻花」を読みました。
最近の東野作品はコミカル系が多かったので
久々落ち着いたあらすじで読み応えが有りました。
伏線が多く複雑で、時間を開けると
わからなくなりそうなため長編なのですが
コンつめて一気に読みました。
花をこよなく愛する穏やかな老人が育てた
庭の花の写真をブログにUPしたことにが
きっかけで事件が起こります。
幻のアサガオと言われる黄色いアサガオが
キーワードとなります。
結末では、アサガオの秘密と
それを追う人々の関係もスッキリわかって
「家族愛」にホロリもありました。
やはり東野ミステリーには情があります。
結末を知ってからの読み返しをしてもいいな
違うおもしろさがあるんだろうなと感じました。
さて、この小説には大手酒造メーカーが誕生させた
自然界には存在しないという青い薔薇の話が登場します。
2009年、あきたん&ちかたんが青い薔薇を
祝言のテーマに選ばれました。
十月亭さんではお二人自らおもてなしをされました。
寿せんべいの柄は「ブルーローズ&苺」です。
あきたんの親御様にはブルーローズの水引リースです。
ちかたんの親御様には、九谷焼のお湯のみです。
花嫁様が色鉛筆で描いた絵を
職人さんが茶碗に描きました。
宇多須神社さん&十月亭さんでのお食事会
「ブルーローズと苺」祝言のHappy Reportもご覧くださいますように。
http://www.kanazawa-syugen.jp/happy/index.php?id=16&cat=cat1
さてさて、黄色いアサガオをネットで検索しました。
「2014年に鹿児島大学とサントリー
グローバルイノベーションセンター株式会社が
共同で咲かせることに成功した」とのことです。
すごい!サントリーさん☆”
「夢幻花」は、淳子Libraryにありますので
読みたい方教えてくださいね。
2017年5月1日 カテゴリー: オートクチュール和婚プロデュース, 気まま図書館 | コメントはまだありません »
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「毎日っていいな」 | 2017年4月25日 |
やはり吉本ばななさんの言葉選びが
とても好きです。
「毎日っていいな」には、ご本人がおっしゃるように
「悲しいことや考えさせられること」は
書かれてはいません。
「昼のジンギスカン」の章で
「病に倒れた知人のご主人をお見舞いをするための旅」で
知人に急用ができて会えなくなり
温泉で生ビールという思いよらない休暇を楽しんでいると
件の知人が無理をして立ち寄ってくれるくだりがあります。
知人は心からの笑顔で淡々と今の毎日を語り(略)
ぎゅっとハグを交わしてさっと帰っていった。
だれの人生にも等しくたいへんな時期と
平和な時期があることを知りぬいた年齢にならないと、
できないような交流なのかもしれない。
「だれもが同じで、だからこそ今のあなたが妬ましい」というのではない。
「それぞれの今を祝福して精一杯生きるしかない」
ということをわかりあっているということだ。
その祝福の気持ちが、たいへんなときを乗り切るための貯金になる。
もう、たまらなく心がホカホカにあたたまり
まあるいカタチになってゆくようです。
“知人”のさりげなさがとにかくかっこいい。
そのお付き合いのありかたもかっこいい。
そっか、「貯金」か
金澤syugenは、ありがたいことに結婚後の
新郎新婦様ともお付き合いがあって
祝福させていただくシーンが多いのです。
幸せだ♫•*¨*•.¸¸♪✧
「めだかと生命」の章では
最後に魂が去っていくその瞬間まで、
その生き物の個性を決定しているなにか
大きな美しいものはそこに確かにある。(略)
何回体験しても慣れることのない別れを味わうたびに、
自分も生きて死んでいく生物なんだということを
リハーサルさせてもらっているように思い、ありがたみを感じる。
大好きだった猫のモコとの別れが辛すぎて
どうもまた猫と過ごす勇気が持てないのですが。。。
「ご縁」の章では、おもしろいほど縁が広がるのですが
縁って、あまり何も考えなくても、
放っておいてもつながるようになっているのかも。
ですね、きっとヽ( ´ー`)ノ。
お客様との出会いに「ああ、ご縁だな」と
しばしば感じております。
「ラ-メンと天ぷら」の章では
今目の前でしょちゅうごはんをたべている人と、
いつ、もうごはんを食べたり笑いあったり
できなくなるかわらかないのだなあ、と思うことしかできない。
自分では決められない流れによって人と人は出会い、
いっしょに過ごし、別れて行く。(略)
「だから目の前でごはんを食べている人とちゃんと過ごそう」と(略)
でも、私はもう知っている、そうやって同じ人を好きで、
同じような気持ちでさっと集まれるその友だちたちの
笑顔や仕草やそのときに話し合ったたわいなことこそが目的なのだと。
そんな一瞬一瞬がぶどうの房みたいに集まって、人生の果実になってゆくのだ。
もうキーボードたたいていると
感動がよみがえって泣けてきます。
一瞬一瞬の房を丁寧に大事にだいじに
過ごしてゆきたいものです。
とてもオススメの一冊です。
各章が3ページづつのエッセイなので
お忙しいかたの細切れ読書にもむいています。
今日は暑かったですね。
毎年、楽しみにしているご近所の藤の房が
急に色づきました。
しばらくは毎日遠まわりをしてでも見に行くと思います。
花の咲き具合が気になってしかたないものだから( •ॢ◡-ॢ)-♡。
2017年4月25日 カテゴリー: 気まま図書館 | コメントはまだありません »